すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

教授 富田 章久
大学院情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門
先端エレクトロニクス分野
光エレクトロニクス研究室
教授 富田 章久
[プロフィール]
○研究分野/物理学(原子・分子・量子エレクトロニクス)、応用物理学・工学基礎(応用光学・量子光工学)、電気電子工学(通信・ネットワーク工学)
○研究テーマ/量子暗号、量子光学、量子情報、光物性、光通信

光による量子コンピュータの実現と
量子暗号ネットワークの実装に向けた研究開発

100年経っても破られない量子暗号鍵配送

富田章久教授がリーダーを務める光エレクトロニクス研究室量子情報グループは、(1)量子暗号鍵配送、(2)量子コンピュータ、(3)量子光イメージングの3つを主な研究テーマとしている。中でも富田教授が中心となって取り組んでいるのが量子暗号鍵配送(QKD)の分野だ。量子暗号鍵配送とは、離れた2者間で情報理論的に安全な暗号鍵の共有を実現するもので、共有したい乱数列(鍵)を量子力学的な状態に符号化する(脚注1)。

「通信を盗聴しようとすると、量子力学的状態に変化を引き起こすため盗聴者の存在を検知できると同時に、状態の変化の大きさから盗聴によって得られる鍵の情報量の上限を求めることができます。エラー率の増加で盗聴された情報量の上限が決められるという点が量子暗号鍵の最大の特徴です」

また、量子暗号鍵は情報理論的に安全性が担保されているため、将来の技術の進歩によって暗号解読されてしまう危険性がない。

「病院の電子カルテや個人のDNA情報などは、少なくともその人が生きている間、つまり100年前後は秘匿性が確保されなければならない情報であり、できれば子々孫々まで超長期的に安全性が保証されることが望ましいと言えます。現時点では解読不能であっても、この先技術が進化することでデータセンターに保存されている情報の暗号が破られてしまっては困る。通信ネットワーク上だけでなく、保管されている情報についても超長期的に安全性が保たれる技術の実現にも量子暗号鍵は有効だと考えられます」

秘密分散と量子暗号を融合した量子セキュアクラウド

量子暗号鍵配送の技術は、ある程度成熟してきているが、実際に社会実装するためにはいくつかの課題が残されている。例えば、(1)伝送距離や鍵生成レートの限界、(2)装置の価格や専用線敷設のためのコスト、(3)実際の装置の安全性の保証などである。
これらの課題を解決するため、富田教授の研究グループは、2019年、情報保管アルゴリズムである秘密分散と量子暗号を融合した量子暗号ネットワークを提案した(脚注2)。

「秘密分散の技術はすでに使われている手法ですが、それと量子暗号鍵配送を組み合わせることで、よりセキュアな量子暗号ネットワークが構築できると考えました。量子暗号鍵そのものの安全性はすでに証明されていますが、それを実社会の中でどう使っていくのか、実際に使う際にはどのようなやり方が効果的なのかという点ではまだまだ技術開発が進んでいません。私たちは、その辺を主要なテーマとして追求したいと考えています」

量子ICTの発展と普及を目指した取り組みがスタート

今後の展開について、富田教授は二つの方向性を考えている。ひとつは、光量子通信を行う装置の安全性の検証である。これについては理論的な裏付けをもった実践的な方法を開発して装置メーカーや国立研究所である情報通信研究機構とともに国際標準化に結びつけていく。
二つ目は通信距離の延長である。例えば、地震などの災害でデータセンターなどが被害を受けた場合、遠隔地にデータを分散させておけば最悪の事態を免れる可能性が高い。

「少なくとも100kmぐらいの通信距離を確保することが目標です。300kmまで伸ばせれば、東京から仙台や名古屋あたりまでカバーできます。より安全なシステムを作る上でも長距離化を進めていく必要があると思います」

また、量子暗号鍵配送を含む量子ICTの発展についても力を注ぎ、量子コンピュータ、量子通信・暗号、量子計測・センシングなどの分野で企業・大学・公的研究機関が結集し、交流と連携を深めながら研究を進めていく計画だ。

「2019年5月に、一般社団法人量子ICTフォーラムが設立され、11月には日本の量子ICTの発展・普及を目指した活動が本格的に始動しました。量子通信の分野では日本がリードしている部分もあるので、国際標準化における主導権確保も視野に入れながら研究開発を進めていきたいと思います」


脚注1 量子暗号の概念図
量子鍵配送により共有した乱数列(暗号鍵)と平文のビット和をとることにより暗号化する。
脚注2 量子セキュアクラウド
秘密分散は、分散したn個のシェアのうちm個を集めることにより元の情報が復元できる。本提案では、秘密分散されたシェアを保管するサーバとユーザーの間を高速QKDリンクによる秘匿通信で結ぶことで通信の秘匿性を確保できる。

富田教授は、シンプルかつ低コストな量子ICTが実現できれば、ドローンなどのモバイル端末でも量子暗号鍵が使えるようになるのではないかと考えている。