すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

教授 菊地 優
大学院工学研究院 建築都市空間デザイン部門
空間防災分野 建築構造計画学研究室
教授 菊地 優
[プロフィール]
○研究分野/建築構造学、耐震工学、地震工学、振動工学
○研究テーマ/免震、耐震補強、歴史的建造物、積層ゴム、制振、振動制御

究極の安心建築を目指して
免震積層ゴムの力学的特性を解明

免震構造の要となる免震積層ゴムの研究

地震大国である日本では、ビルやマンションはもとより戸建住宅においても耐震設計が不可欠と言われている。耐震構造には建物自体を頑丈にする「耐震」、地震の揺れを建物に伝えないようにする「免震」、建物の揺れを熱エネルギーに変換して発散させる「制震」などがあり、建築構造計画学研究室の菊地優教授は、これまで30年にわたり免震構造を研究している第一人者である。

「私が免震構造と出会ったのは1980年代後半です。当時はまだ世界的にも知られていない新しい技術であり、日本のほかアメリカやニュージーランド、イタリアなどでようやく研究が始まった時期でした。もちろん、大学で習うこともありませんでした。大学卒業後に建設会社に就職し、配属された部署で免震構造の研究開発を命ぜられました。」

免震構造の要となるのが「積層ゴム(脚注1)」である。一般的な免震構造は、建物を支えながら水平方向に変形するアイソレータ(積層ゴム・すべり支承・転がり支承などの種類がある)と、振動を減衰するダンパーとの組み合わせにより構成されている。積層ゴムアイソレータは巨大地震による長周期地震動のような負荷がかかると、大きな変形を生じて破断・座屈といった損傷が起きる可能性がある。菊地教授が研究しているのは、天然ゴムと合成ゴムの混合物にカーボンや樹脂系材料などを混ぜた「高減衰積層ゴム」というもので、ダンパーがなくても大きな免震効果が得られ、工期やコストを削減することもできる革新的な技術だ。

近年は、阪神・淡路大震災や東日本大震災などの経験から高層ビルやマンションなどに免震構造が取り入れられるようになり、また、既存の建物でも地下部分を工事するだけで免震構造にすることが可能なため、建物を改変せずに保存しなければならない歴史的建造物の耐震化にも役立っている。しかし、日本国内における免震構造の普及率は、いわゆる「ビル物」と呼ばれる建築物で約5000棟にすぎないのが現状だ。

「どんなに優れた技術でも社会に普及しなければ意味がありません。実際に免震建物の建設工事を担当して、施工における高減衰積層ゴムの優位性には確信がありましたので、より安価で設計・施工しやすい免震技術として広めたいと思いました」

地震による免震建物の揺れを再現し、免震性能を検証する菊地モデル

高減衰積層ゴムはダンパーを必要とせず、これだけで免震構造を成立されることのできる便利な装置であるが、設計では力学特性を把握しにくいという欠点があった。ダンバーのない減衰一体型の積層ゴムを採用するには、地震の揺れに対する変形(せん断・歪みなど)とその復元力を評価するためバイリニアモデルを使ってシミュレーションを行うのだが、通常のバイリニアモデルでは高減衰積層ゴムの復元力を精密に再現できなかったのだ。

「積層ゴムの力学的特性を正確に理解できないと設計に無駄が出るので、設計時にどのような免震構造を組めばいいかを判断するためのモデルが必要だったのです」

そこで、菊地教授は設計時にコンピュータ上でシミュレーションするため積層ゴムの復元力モデルの開発に取り組んだ。菊地教授が考案したモデルは、最初に着手した高減衰積層ゴムだけでなく、鉛プラグ入り積層ゴム、鋼材ダンパーなどの免震装置の力学的特性を再現することができる統一モデル(脚注2)と進化した。これは、モデルの数学的表現に拡張性を持たせたことと、タイプの異なる免震装置でも復元力特性の分析方法を共通化することによって可能となった。免震構造に関する優れた研究業績により、2005年に日本免震構造協会賞、2015年に日本建築学会賞を受賞した。 このモデルは現在では「菊地モデル」という名称で建築設計の現場に広く普及している。日本国内で「菊地モデル」を使って設計された免震建物は100棟以上になり、世界文化遺産に登録された国立西洋美術館の免震化工事の設計にも用いられた。また、2013年には米国カリフォルニア大学で開発されている構造解析プログラムOpenSeesに実装されたことで、Kikuchi-Aiken Modelの名称で世界中の研究者・技術者に使用されるようになった。(Aiken氏は共同研究者)さらに、3次元の地震シミュレーションモデル(脚注3)も開発し、免震建物の挙動を高精度に予測できるようにした。

菊地教授は、こうした免震技術を世に広めるべく、国内外での教育活動や技術指導、各種講演会などに力を注いでいる。その一方で、建築業界だけでなく国民全体が免震に対する意識を持つことも重要だと語る。

「かつては国内でも『地震の多い地域、少ない地域』などの区別がありましたが、これからは日本のどこにいても巨大地震に遭遇する可能性があると考えられます。内陸部でも直下型地震が起こる場合があるし、活断層なども全てが把握されているわけではありません。いつどこでどんな地震が起こるかわかならい。だからこそ、日頃から地震への備えと耐震・免震技術への関心を持ってほしいと思います」


脚注1 高減衰積層ゴム
免震積層ゴムはゴムと鉄板を何層にも重ね合わせた構造になっており、建築物の重さを支えながら、水平方向に数十センチも変形することができる。高減衰積層ゴムはゴム自体が地震のエネルギーを吸収し熱エネルギーに変換する。高減衰積層ゴムだけで免震構造を成立させることができる。

(写真提供:ブリヂストン)

脚注2 統一的復元力モデル(菊地モデル)
高減衰積層ゴムの復元力モデルを拡張させたモデルで、鉛プラグ入り積層ゴムや鋼材ダンパーなどタイプの異なる免震装置のシミュレーションにも対応できる統一的なモデル。
脚注3 地震応答解析システム
このシステムは建築構造物の地震応答を正確に予測することができる。建築構造物の耐震性能を評価するのに非常に有用である。

積層ゴムの見本を手にする菊地教授。このサイズでもかなりの重さがある。実際の積層ゴムゴムの直径は1~1.5メートル、重さは数トンあり、1台で千トンもの鉛直荷重を支えることができる。この積層ゴムを、建物の基礎部分の柱の直下に配置する。